川端龍子(りゅうし)の代表作鳴門や潮騒が凄い!作品一覧も紹介!

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大衆に訴える作品を書き続けた日本画家である川端龍子!規格外の大画面制作など、迫力に満ちた作品は、昭和の狩野永徳とも評価されていたほどです。

川端龍子(りゅうし)は1913年に洋画を志して渡米までしたのですが、憧れの地アメリカで待っていたのは厳しい現実でした。

日本人が描いた絵など見向きもされないということが分かりました。洋画に失望していた時に、ボストン美術館で鎌倉期の絵巻の名作「平治物語絵巻」を目にした時に感銘を受け帰国後日本画に転身しようと決意したのでした。

大胆な発想で描き出される龍子の作品1921年に発表した「火生」は日本神話の英雄「ヤマトタケル」を描いたものでした。

赤い体を包むのは黄金の炎です。このような激しい躍動感のある作品は当時は受け入れられることはなく物議をかもしたのでした。

その当時は、繊細で優美な作品がもてはやされている時代にあってその真逆を行く龍子の作品は荒っぽく鑑賞にさえ耐えられないと評されたのでした。

その後、「会場芸術」と酷評され院展を脱退して、自ら主宰する「青龍社」を創立し、その後、戦時中も精力的に展示会を開催し、大衆のための作品を発表し続けました。

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川端龍子(りゅうし)

ここで、川端龍子の経歴について解説します

川端龍子(かわばたりゅうし)

1885年(明治18年)~1966年(昭和41年)

和歌山県和歌山市生まれ

1895年 10歳のころ家族とともに東京移住

城東高等小学校

東京府立第一中学校・東京府立第三中学校

1913年 渡米

1928年 院展同人を辞める

1929年 青龍社を旗揚げ

1937年 潮騒を発表

1959年 文化勲章受章

1966年 没年

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代表作鳴門や潮騒が凄い!

川端龍子(りゅうし)の作風は、水をモチーフにしたものが多く、ほとばしる波しぶき躍動する水の動きを大画面に描くところが特徴とされています。

1929年代表作「鳴門」を発表しました。縦1m85cm・幅8m38cmの巨大作品です。水と水が激しくぶつかり合い生じる波しぶき、鮮やかな青と白のコントラストがしっかりと描き出され壮大な水の世界がそこに描き出されています。

また、1937年に発表された「潮騒」は幅14メートの超大型作品です。そこに描き出されているのは、岸部の海岸や、深い海の青さから浅瀬になるにつれ透明度の高い緑色に変わっていく様子を描いています。

「鳴門」と比較すると繊細な波の動きがリアルに描き出され、龍子の作風がこの「潮騒」で大きく変わったとされています。この作品によって新たな水の描写が生まれました。

1941年に太平洋戦争が始まり、自由に絵を描き発表することが厳しい環境の中で龍子は一心不乱に作品を発表し続けたのでした。

また、1944年には「水雷神」を作成しています。この作品は、息子や妻を亡くした時期でもあり、また、戦争の特攻隊の姿も重ね合わせ。重々しい色使いをしています。その時の心情を思い切って絵にぶつけたのでしょうね!

作品一覧も紹介!

1916年:「霊泉由来」

1918年:慈悲光礼賛

1919年:土

1929年:鳴門

1929年:請雨曼茶羅

1930年:草炎

1931年:草の実

1933年:山葡萄

1934年:愛染

1941年:曲水図

1944年:洛陽攻略

1945年:爆弾散華

1955年:千住大橋

川端川端龍子の別の顔

家庭をこよなく愛した川端龍子は、俳句1日1句の制作を晩年貫きました。「ホトトギス」同人だったんです。

特別展没後50年記念

山種美術館において初期から晩年にかけての川端龍子の作品を展示してあります。

会期:2017年6月24日~8月20日

会場:山種美術館

開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)

休刊日:月曜日

入館料:一般1200円(1000円)大高生900円(800円)・中学生以下無料

( )内は20名以上の団体料金及び前売り券

障がい者手帳・被爆者健康手帳ご提示の方及びその介助者は無料となっています。

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