いだてん!大河ドラマ2019年!金栗四三(かなくりしぞう)の経歴や功績をリサーチ!

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現在、NHK大河ドラマは柴咲コウ演じる女城主直虎が放送されていますが、来年は西郷隆盛が主人公「西郷どん」が放送決定となっています。

そして東京オリンピックを1年前に控えた2019年にはオリンピックに関連するドラマが放送されることが決定しました!

さっそくどのような内容なのかをリサーチしてみたいと思います。

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いだてん!大河ドラマ2019年

       日本初オリンピック出場選手「金栗四三」(かなくりしぞう)氏

NHK大河ドラマ(第58作目)タイトルは

いだてん~東京オリンピック噺(ばなし)~

ドラマの主人公は2人いてその一人は、中村勘九郎さん演じるオリンピックに初参加した選手金栗四三氏(かなくりしぞう)

そして、もう一人は阿部サダヲさん演じるオリンピックを呼んだ男、田畑正治氏(たばたまさじ)を題材にしてドラマ化します。

前半に金栗四三氏(かなくりしぞう)物語、後半に田畑正治氏(たばたまさじ)物語を持ってくる構成になっています。オリンピックに深く関わった人物の知られざる歴史を描写します。

今回、私が、ブログで解説するのはマラソンの父と呼ばれた男、金栗四三(かなぐりしぞう)氏です。

私の住む熊本県出身者でもあり、金栗四三氏についてはとても身近な存在として私の中にありますが、知らないことがたくさんあります。今回大河ドラマで放送されるということなのでよい機会だと思い、私も金栗四三氏のことを熟知したいと思います。

日本初のオリンピック出場選手は、マラソンの金栗四三選手と陸上短距離の三島弥彦選手二人だけの参加でした。

二人が参加したオリンピックは「ストックホルム大会」その時、金栗四三選手は日射病で失神し、もう一人の三島弥彦選手は外国人恐怖症で日本人選手は大惨敗の結果となってしまいました。

この悔しさを日本に持ち帰り、スポーツ学を猛勉強して選手たちの育成に取り組んだところ、1936年の「ベルリン大会」では、日本は金メダルを量産するまでに躍進したのでした。

その後、日本の功績が認められ念願の「東京オリンピック」の招致の切符を手にするのですが、ここで運命のいたずらが!その時期に第一次世界大戦が始まり、東京オリンピック実現への夢ははかなくも消え去ってしまたのです。

それからの生活は過酷さを増し、オリンピックどころではなくなったのです。でも田畑正治氏は、執念で競技を再開その努力が実り1964年「東京オリンピック」へとやっとの思いでこぎつけたのです。

オリンピックが開催されるまでの裏にはたくさんの人々の苦労や歴史が刻み込まれているんですね!

今回、いだてんでは、1912年の「ストックホルム」、1936年のの「ベルリン」、1964年「東京」のオリンピック3大会を舞台にドラマが展開していきます。

脚本 宮藤官九郎

いだてんの脚本は、才能あふれる宮藤官九郎さんです。1970年生まれ。宮城県栗原市出身!映画「GO」で第25回日本アカデミー賞最優秀脚本賞やその他たくさんの脚本賞を受賞しています。

映画部門では「謝罪の王様」「土竜の唄 香港協奏曲」TVドラマでは、第29回向田邦子賞を受賞した「うぬぼれ刑事」第67回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した。「ゆとりですがなにか」など次から次へと話題作を生み出し、世に送り出している人物です。

映画監督、俳優、ミュージシャンといろんな顔を持つ宮藤官九郎氏!今回どのような角度から主人公の二人を描写するのか今からとても楽しみです。

そもそもタイトルの韋駄天(いだてん)とはどのような意味なのでしょうか?調べてみました。

いだてん(韋駄天)とは

いだてん(韋駄天)とは、とても足の早い人を指す言葉だそうです。チーフプロデューサーの訓覇氏は、「このドラマにふさわしい勢いがあって、楽しげなタイトルになりました」とご満悦の様子です。

私も最初にいだてん!?何の事と思いながらも、聞き慣れない言葉に逆に興味、関心を持ちましたし、一度聞いたらなかなか脳裏から離れないフレーズだなと感じました。とてもタイトルとしてはインパクトがあってこの選択成功だったと思います。

それから大切なのはイメージソングですね!私は大河ドラマの真田丸の曲がとても好きでした!映像も綺麗で毎週聴くのが楽しみでした。こんなところも視聴者としては重要ポイントになるので素晴らしい構成を期待したいと思います。

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金栗四三(かなくりしぞう)の経歴や功績をリサーチ!

明治24年8月20日熊本県玉名群春富村(現和水町)に生まれる。

明治34年9歳:小学校に入学!この頃は9歳で小学に入学だったんですね!当時金栗四三さんは、小学校まで片道6キロの石ころだらけの山道を走って通学していました。低学年のころは一番後ろから必死で上級生について行っていましたが、成長するにつれ段々と速くなっていきました。

これが、金栗四三(かなくりしぞう)さんの走る原点となったわけです。

明治38年13歳:父親が亡くなり金栗四三(かなくりしぞう)さんの一番上の実次兄さんが面倒を見ることとなります。四三少年はこの年、玉名中学(現玉名高校)に入学をし、とても優秀な生徒でしたので2年生の時から授業料免除となりました。そのころこのような制度があったんですね!

金栗四三氏が卒業した現在の名門(県立玉名高校)

現在、(県立玉名高校)にある金栗四三氏の銅像

明治44年20歳:東京師範学校(現 筑波大学)の学生の時に出したオリンピック予選(マラソン)で、その時の世界記録(2時間32分45秒)を出し優勝しました。

明治45年20歳:日本人として初めてオリンピックに出場しました。その時のプラカードはJAPANではなくNIPONに変更してもらったそうです。その訳は、NIPONの名前を世界に知って欲しかったからだそうです。

その初のオリンピックマラソンで金栗四三(かなくりしぞう)さんに不運が立ちはだかります。マラソン26.7キロ地点で暑さのために日射病で失神しリタイヤしてしまいます。その時、日本では行方不明と報道されていました。

大正元年21歳:ストックホルムから帰ると暑さに耐えるトレーニングを積みました。それと同時に外国で大会があるのでパン食に慣れるためパンをもらって食べ続けていました。

また、当時はマラソン専用の靴がなかったのでアスファルトの上でのマラソンに耐えられるよう足袋の裏を補強しなければいけませんでした。これを金栗足袋といいます。これは戦後まで多くの人に使われるようになります。

大正2年22歳:2回目の世界新記録を出しました。

大正3年22歳:春野スヤさんと結婚して同時に玉名郡小田村池部家の養子になり、池部四三となりましたが、本人は、生涯金栗金栗四三(かなくりしぞう)として名のりました。

大正3年23歳:3回目の世界新記録を出しました。

大正5年24歳:第1次世界大戦が始まり「ベルリン大会」が中止となり、金メダルも狙えたはずの実力を兼ね備えていたのですが、残念ながらこれまでの四三選手の努力が報われることはなかったのです。本当に無念だったでしょうね!

大正8年27歳:下関から東京間1200キロを20日間で完走しました。

大正9年28歳:箱根駅伝を開催する。その他福岡国際マラソン、金栗杯玉名ハーフマラソンなど栗金栗四三がきっかけとなり作られた大会が数多くあります。

大正9年29歳:2回目のオリンピック出場ベルギーのアントワープ大会結果は16位でした。四三選手はベルリンオリンピックの時が一番気力も体力も充実していたはずです。でも16位も素晴らしい成績だと思います。

大正10年30歳:第1回女子連合競技大会を開きました。これまで女性がスポーツに慣れ親しんでいなかったところに注目し、女性健康増進のために大会を開きました。

大正13年32歳:3回めのオリンピック出場の時フランスのパリ大会に出場しますが32キロ地点でリタイヤし、その後現役を引退しました。

昭和5年39歳:最愛の兄、父親代わりの実次兄さんが他界されました。お兄さんは四三さんの学費やオリンピックの旅費などを工面してくれていたのです。

昭和6年40歳:ふるさと玉名市小田に戻り、この頃から学校などを周りマラソンや駅伝の普及に努めました。

昭和22年55歳:戦争で中断していた箱根駅伝が復活しました。ご本人うれしかったでしょうね!

昭和42年75歳:スウェーデンオリンピック委員会に招待されて当時ゴールできなかったストックホルム大会のゴールを果たしました。感無量だったことでしょう!

スタートしてから4年8ヶ月6日5時間32分20秒3かかってゴールを成し遂げたのです。最も長いマラソン記録です。四三選手は「長い道のりでした。孫が5人できました。」と述べています。そして「これを持ってストックホルム5輪大会の全日程を終了します」と宣言されたのでした。

昭和44年77歳:母校の玉名高校に金栗四三(かなくりしぞう)銅像ができました。

昭和58年92歳:長寿を全うされ92歳で人生のゴールを終えられました。金栗四三氏(かなくりしぞう)が人生で走った距離はおよそ地球6周と4分の1と言われています。

今回、金栗四三(かなくりしぞう)さんの生涯を振り返ってみると人生そのもがマラソンに始まり、マラソンで終わる人生であったようです。今も尚、引き継がれている箱根駅伝の創始者だということを知ることができました。

一番絶頂期のオリンピックに第一次世界大戦が勃発してしまい期待されていた金メダルは逃しましたが、その後の人生において金メダルより大切なものを手にされたような気がします。

今回ご紹介した経歴が「いだてん大河ドラマ2019年」に映し出されると思うと今からワクワクします。その前に「西郷どん」を見ないといけませんが!

        脚本家の宮藤官九郎さんについてはこちらをご覧ください

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